SSブログ

停電の中での研修 [教師研修と、その周辺]

3月に帰っていたのは、実は業務上の研修に参加するためだったのですが、ちょうど地震の直後、計画停電がスタートした週だったので、研修の間も混乱・予定変更・混乱という状態でした。

まあ、基本的に集まっているのが<海外の専門家>ばかりなので、たくましいと言えばたくましい面子ばかり。
行けと言われたらニューデリーとかサハリンとかナイロビにまで行くわけです(派遣中の皆さん、すみません)。20代のほっそりした専門家だって、「私がパキスタンに行った時」と言ったりする。そりゃ、たくましいです。

そうは言っても停電でパソコンが動かせなかったりコピーが使えなかったりすると、予定もいろいろ変わります。
特にグループ作業で行っていた最終課題は、本来パワーポイントでの発表を予定されていたようなのですが、急遽「模造紙と色マジック」による、壁新聞方式に変更。それぞれのチームに模造紙が配布されました。そうなると教育関係者の性で、もりあがっちゃうわけです。

とりあえず我らはまだ「壁新聞」で育った世代。わいわい言いながら準備をし、何とか発表にこぎつけました。データじゃないと「共有しにくい」不便さがありますが、そこはデジカメ撮影を提案していただけて、無事共有も可能となりました。

そして、いろんなことを考えました。

それこそ私たちはどこに行くかわからない。
直接の職場には機材がそろっていても、出張先で研修を行わなければならなくなった時、そこに必ずしも全てがそろっているとは限らない。
あるいは、電力やネットの状態が不安定で、通常は問題なくても突然うまくいかなくなるということも十分考えられる。
そういう状態の中でも対応して、そこにあるもので何かをつくる力とか、あるいは不測の事態に対応できる柔軟性。それは、どこに行くかわからない私たちには絶対に必要な力だとも思います。

そうはいっても限界はあるわけで、例えば「Web版 エリンが挑戦!」とか「アニメマンガの日本語」サイトのデモをネットなし環境で!なんてのは非現実的ですし(でもちょっとだけ、頭の中でシミュレーションしてみた)、そういう声がもしあったら、どうしてそういう声が起こったのかをきっちり聞いて、いい代案と方法を提出できるような力が大切なんじゃないかと思うわけです。

もうひとつ思ったのが、思考の過程を残していく大切さ。
グループで課題発表のアイデア出しを行っていた時、通常ならPCで誰かが打ち込むのを見ながら意見交換をするのでしょうが、パソコンがいつ使えなくなるかわからないという状態で行ったのが、
「大きめの紙にマジックで出たアイデアや意見を書記の人だどんどん記録していって、それを全員で見ながら話を進める」
という方式。

これが、思った以上によかったです。何故なら、思考の過程が残るからなんですね。

「んー、こうしようか、でもやめようね」
と言った古いアイデアが、ぴっぴっと線を引かれた状態で残っていたり、
「今回の課題には直接関係ないけど、平行して裏でこんな企画も走れたら意義深いよね」
と言っていたようなものが、すみっこにちょこちょこっと記録されたり、
話し合いの途中で、他のメモを手元に寄せて考えを整理したり、
パズルのように、いろんなメモとメモを並べてみたり、
それは、アナログ方式なればこその楽しさだったとも思いました。

さて、そうやって何とか課題発表を乗り切ったのですが、こういう<準備段階>の時間の活用というのはプレゼンの醍醐味でもあり、プレゼンに限らずプロジェクトや行事や企画運営でとても大切なことだったりするわけです。
そういうことも思い出した時間でした。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。